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引っ越し

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 最近は、いろいろあってメキシコでの3回目のお引っ越しをしたから、それについて書こうと思う。 せっかくだから、全部のお引っ越しについて書こうかな! 1回目のお引っ越しは、メキシコに着いてから2-3カ月後だったと思う。もう4年前の記憶を掘り起こしてるから鮮明には思い出せないけど、最初はシェアハウスに住んでた。家賃は確か6500pesosくらいだった。 一人一人部屋にシャワーとトイレがついていて、ベッドと机とかも置いてあった。 だからシェアするのはキッチンと、シェアスペースのソファとか、屋上とか、洗濯機とか、そんな感じだった。 ↑ここが屋上のシェアスペースだった。すごく開放的な感じで誰も使ってなかったから、よく仕事のためにここまで上がってきてた。というのも、部屋にいると、ソファとかにいるみんなの声が聞こえすぎて、仕事にならなかったから、ここまで来ないといけなかったっていう感じだった。 住んでいた人はみんなスペイン人で、私は当時スペイン語全くわからずで、スペイン人たちは英語ほぼわからなかったから、コミュニケーションがほとんどできなかった。 それでも、たまにバーとかに誘ってくれてたけど、私はそんなに夜の生活が好きっていうタイプじゃないから、数回しか行かなかった。 ↑これはある日、Levisに行った時に知り合ったお兄さんが家に来て、メキシコ料理enchiladasを作ってくれている時の写真。ここがシェアのキッチン! ↑ここが屋上で、洗濯物はみんなこんな感じで干してた! メキシコはとても乾燥している国だから、こうやって乾かしておけば、数時間で乾いてた! まあでも、若い留学生のスペイン人ばかりで、毎晩うるさくて、そのうるささで仕事にならないことが主な原因で引っ越した。 でも、外国人でスペイン語もできなくて、会社員でもない私がメキシコで家探しするのはちょっと難しかった。 メキシコでは大抵、Inmuebles24というウェブサイトを使って家探しをするって聞いていたから、それを使って家探しをして、たまたま家具付きの物件で、英語が話せる大家さんに巡り合った。家具付きで、10000pesosだった。トイレシャワー2部屋の、寝室も2部屋という一人で住むには大きいマンションで7階に住んでいた。 実は、ここの同じマンションの違う部屋に、私のメキシコ人のパートナーが妹と住んでいて、本当にた...

メキシコ生活5年目

 私は、4年前にメキシコに引っ越して、もうメキシコ生活も5年目に突入する。 お母さんが長い間ブログを書いていて、それを久々に見に行って思ったのが、「こうやって人生を振り返れる場所があるっていいな」っていうことだった。 だから私もブログを書こうかなって思った。 私は、4年半前くらいにメキシコ人のパートナーにオンライン上で出会って、数か月後には恋に落ちていたけど実際に会ったことはなかった。ちょうどパンデミックの頃だったからいろいろな国は国境が閉まっていたんだけど、ありがたいことにメキシコは国境が開いている国の一つだったから、スペイン語が全くわからない状態で、そのパートナーに会いに行くことにした。 メキシコの観光ビザは最長6か月ということだったから、6か月行くことにした。オンラインでしか会ったことのない彼だったから、もしうまくいかなければ、半年間はスペイン語留学だとでも思って頑張ろうくらいの気持ちだった。 そして、メキシコシティの空港について、荷物のカートを押していたら、空港の人に止められて、「ここから先はカートは使えないよ」って言われた。 彼へのお土産とかたくさん持ってきていたから、「こんなにたくさん荷物があるのにどうやって一人で全部持てるんだろう、、、」 と思って荷物を眺めていたら、 「おねえさん、手伝いましょうか?」と、紳士的な日本語が聞こえてきた。 「えっ」と上を向くと、彼がこちらを見て微笑んでいた。 それが私と彼の初めての実際に会ったときだった。 彼は荷物をいったん全部ソファがあるところまで運んでくれて、一旦座ろうと言ってくれて、そこでかわいいくまのぬいぐるみを2つプレゼントしてくれた。 そのくまさんたちは、今も家に飾ってある。緊張していた私だったけど、そこでだんだん緊張がなくなっていって、落ち着いたあとに、タクシーでホテルまで行ってその日はホテルに泊まった。彼が住んでいるのはGuadalajaraという町だから、その町まではまた飛行機に乗らなきゃいけなかったから、一泊メキシコシティに泊まって、次の日に飛行機でGuadalajaraまで行った。 彼がいる安心感といったら、半端なかった。ありがたかった。 そこから、日本にいるときにもう契約しておいたシェアハウスに行って、そこからが大変な生活の始まりだった。 今日はもうパートナーが帰ってくるから、ここまでにし...